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手に入り次第、掲載いたします。
「東都両国橋夕涼図」栄泉画
別な絵で代用します。

「江戸名所図会 両国橋」
『
新版 江戸名所図会 上巻』より
(鈴木棠三・朝倉治彦校注、角川書店、P130-P132、S50/1/10)
ものすごいにぎわいの絵ですね。
これは旧暦の5月28日の
川開きの日の絵です。
明暦の大火で亡くなった大勢の人々の霊を弔う為に行われたのは始まりでした。
元々は慰霊祭だったのです。
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明暦の大火(1657)
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振袖(ふりそで)火事とも。
二昼夜にわたって燃え広がり江戸市中の大部分を焼いた。
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この日に花火を打ち上げまして、たくさんの遊覧船が繰り出してきます。
この船遊びは高くついてしまうので、一般庶民は
橋の上で花火を楽しみました。
橋の上はまさに現代の通勤ラッシュ時の電車内のごとく、人・人・人でいっぱいです。
この川開きですが、期間は
5月28日~8月28日の三ヶ月間です。
この間は、
毎日花火が打ち上げられます。
もちろん初日が一番華やかだったわけですが、それでもこの期間は大どんちゃん騒ぎだったのでしょうね。(^^;
この川開きになりますと、川には様々な船が繰り出してきます。

「江戸名所三ツの眺 両国夏の月」(歌川広重)
『
浮世絵に見る江戸の一日』より
(佐藤要人・高橋雅夫監修、藤原千恵子編、河出書房新社、p104、(1996/6/25))
■屋根船■
番組内で紹介された絵には掲載されているのですが、絵の真ん中下あたりの船で
女性が杯洗がわりに隅田川で杯を洗っております。
今の隅田川を思い浮かべてしまうと
「えええぇぇぇぇ~!!」
とお思いになられるでしょうが、当時の隅田川はそれほど綺麗な川だったということです。

この女性が乗っている切り妻型の船が
屋根船です。
(代用の絵では右図になります)
すぐ近くの船では船頭さんが寝そべっていますね。(^^;
■猪牙船■

番組内で紹介された絵には、一組の男女がしっぽりとしている船があります。
猪牙船(ちょきぶね)です。
大きな船の中をちょこまかちょこまかと行く小型船です。
(代用の絵では右図になります)
■屋形船■

そして、絵の中でも船に提灯をたくさんつけてひときわ目立っている船が
屋形船です。
屋形船はとても大型の船です。
二十人以上収容できて、船内はいくつもの座敷に区切られています。
ゆえに高価でもあり、大名や豪商が使いました。
番組内で紹介された絵にあるのですが、絵の中のひときわ目立つ屋形船「吉野丸」という船は、なんと
乗っているのが全員女性なのです!
彼女たちは
柳橋の芸者衆です。
今日に限っては仕事を休んで、自分達の身銭を切って屋形船を借り切って遊んでいるのです。
つまり・・・
「一番の稼ぎ時にわざと休むことを粋とした」
しているわけであります。
ちなみにこの屋形船、船賃だけでも
五両ぐらいかかりました。
とてもじゃないですけど、一般庶民では乗ることは出来ないですね。
■うろうろ船■
(※番組内の絵にはのってますが、代用の絵にはありません。)
こうやって船遊び客を乗せている船ばかりかと思いきや、なんとこの
川の上でも商売をしている船があります。
屋形船のそばで
西瓜や瓜などを載せてうろうろしている船があります。
この船は
うろうろ船といいます。
「うろうろぉ~」
と言いながら、西瓜や瓜などの物を売りに来るわけです。
■太鼓船■
(※番組内の絵にはのってますが、代用の絵にはありません。)
そして更なるおかしな船があります。(^^;
絵の中に、なんと
太鼓を載せて何やら賑やかそうな船があります。
これは
太鼓船といいます。
やたら賑やかに太鼓を打ちならします。
すると、当然うるさいです。
耳が痛くなるほど五月蠅いので、ご祝儀をやって追い返します。(^^;
そしたら、今度は次の船の前にいってドンドンバンバン太鼓を打ちならし・・・またご祝儀をもらってまた別の船へと・・・
まぁお祭りの中であるということで、周りの人も多めに見てくれていたのでしょう。
これが現代でしたら、たぶん罵声が聞こえてきたり、もしくは喧嘩沙汰までに発展しかねませんよね。
ほんとに当時はのんびりとした時代だったんですね。