◆お芝居情報◆

【放送日】1999/07/01 【お芝居】恩も積もれば医者となる

お江戸でござる オリジナルソング
曲名
作詞
作曲




●杉浦日向子のおもしろ講座●
江戸風俗研究家 杉浦日向子
加筆・編集・補足 長尾武之介



◆本日の間違い点◆

●和吉が一目見て、肺炎だと診察していましたが・・・
当時は肺炎と結核と重い風邪の区別はつかなかったはずなのです。
それにいずれも一服の粉薬で治るということはありえない事です。

治療というと、こんにゃくを使うというのもありましたね。
民間療法なのですが、温湿布、冷湿布の代わりに使います。
温湿布の代わりには、お湯で煮てふきんで包んで患部にあてます。
冷湿布の代わりには、井戸に入れて冷やしてから患部にあてます。

こんにゃくも、役に立つことがあるということですね。(^o^)

●大八車の車輪に金輪がはまっていた
これは、当時大変良くないことでした。
道をいためるという事で、当時は禁止されていました。
特に江戸の町中では、そうだったそうです。
建造物の中でも大事な橋を渡る時に車輪に金輪なんかがはまっている状態で渡られてはたまらないという事です。
大八車そのものも、ナンバープレートのような焼き印が無くては使えませんし、大変な規制がされておりました。


●花火は綺麗でしたね~(^o^;)、でも・・・
当時の技術では、あんなに複雑な物はできません
真円になるものも、ずっと後の頃にならないと難しいです。
当時の花火は、ただシュルシュルシュル~と流れるだけのものだったそうです。


●大江戸舶来品事情●

■江戸時代のカステラ■
お芝居の中でも、和吉が「かすて~ら食べたい!」と言っていましたが、カステラは当時でも長崎名物でした。

カステラは室町時代末期にポルトガルより伝えられた。
当時のは、黄色くて、甘くて、どっしりしていたのだそうです。
現代のカステラよりも重たいという感じがするのでしょうね。
江戸時代に発行された和漢三才図会(わかんさんさいずえ)という江戸時代の百科事典に載っていました。
和漢三才図会 (わかんさんさいずえ)
江戸時代の図解入り百科事典。
正徳(しょうとく)2年(1712)に刊行された。

加須底羅,カステラ
加須底羅(かすていら)
和漢三才図会 18』より
(島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注
、平凡社、P240、1991/5/15)
和漢三才図絵には次のように書かれています。
(1)加須底羅の造法は、小麦粉(1升)、白砂糖(2斤)を鶏卵8個の肉汁でこねまぜ、銅鍋に入れ炭火でいって黄色にする。
(2)竹針であなを作って火気をよく中まで通らせる。
(3)取り出して、切って食べる。
(たぶん左図のような感じに切ったのでしょう。現在と明らかに違いますね)
数あるお菓子の中でも『最上級もの』だそうです。

高級品でしたが、小さく切り分けます。
寒い時なら、お吸物お椀に一切れ入れて上から熱湯をかけまわし、蓋をしてちょっとしてからいただきます。
夏場でしたら、お吸物お椀に一切れ入れて冷たい水を入れて、白玉をいただくように食べるそうです。
また、お酒のつまみとしても食べたそうで・・・
薄くスライスしたカステラに、わさびか大根おろしをつけて・・・食べるそうです。Σ(゚д゚lll)

ひええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~!!!(゚〇゚;)
い、今のカステラで連想してはいけませんよ~!!

旅の携帯食としてたえず持っておくと、一切れ含むだけで唾が出てのどの渇きがとれるし、栄養もあるのでまた歩けるようになる・・・という使われ方もあったそうです。
■当時の他の舶来品■
日本の名前に当てはめられたものは結構たくさんありました。

●こんぺいとう・あるへいとう・びすけいとう●
糖花,金平糖,こんぺいとう
「糖花」(こんぺいとう)
和漢三才図会 18』より
(島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注、
平凡社、P242、1991/5/15)
当時、長崎でたくさん作られていたそうです。
「こんぺいとう」「あるへいとう」もポルトガル語です。

「こんぺいとう」は・・・
『大白沙糖にこむぎこ「少し」を入れ、ほぼ煎(い)って膏のようにする。別に銅鍋に胡麻をいり、中へ徐々に先の糖膏を入れると、胡麻が一粒ごとに糖膏の衣につつまれる。・・・(省略)(和漢三才図会より)
(大白砂糖に小麦粉(少し)を入れ、いって膏のような溶けた状態にする。銅鍋に胡麻をいり、少しずつ先の糖膏を入れると、胡麻は一粒ごとに糖膏の衣につつまれる。)
別名、「小鈴糖」とも呼ばれていたそうです。
可愛らしい名前ですね。

「あるへいとう」は・・・
『上々氷沙糖、一返洗捨、沙糖壱升に水二升入、さたるのとけ申程せんし、絹にてこし、その後せんしつめ、さじにてすこしすくひ、水にひやし、うすくのはし、はりはりとおれ申時、平鍋なへにくるみの油を塗り・・・(省略)』(近世菓子製法書集成より)
(氷砂糖を洗って、砂糖1升に水2升加えて煮溶かし、絹にてこして、さじで少しすくって水で冷やし、薄くのばしてはりはりと折れるくらいの時に、平鍋にくるみの油をぬって・・・(省略)』

「びすけいとう」は・・・
みつからなかったのですけどけど、「びすこうと」(ビスケット)のことなのかな?
「びすこうと」でしたら・・・
『あまさけにて麦のここね、つくりふくらかして、やき、ひきわり、こまかにして、かわらかし申也。口伝。』(近世菓子製法書集成より)
(甘酒で小麦粉をこねたものを、ふくらませて焼き、ひきわりにして、細かくし、乾かす。)


●てんぷら●
これももともとは日本語ではなく、ポルトガル語の「テンペラ」という金曜日の精進日のことを言いました。
この精進日には、お肉を食べずに魚のフリット(フライ)を食べていました。
魚のフライの時はいつもテンペラ、それがなまって「てんぷら」となったそうです。

●しっぽく料理●
長崎名物ですね。
円卓を囲んで、皆さんで大皿料理を取り分けて食べる中華料理に似たものです。
当時の日本人は、テーブルを囲んで食事をとるということはありませんでした。
一人一人お膳でという事になっていたので、皆で箸をつつくということはなかったのです。
「しっぽく」という言葉は、中国の方の言葉で「テーブル」を意味するのだそうです。


●ギヤマン●
教訓親の目鑑 ばくれん
喜多川歌麿画「教訓親の目鑑(めがね) ばくれん」
浮世絵大系5 歌麿』より
(後藤茂樹編、集英社、P84、S50/5/20)
当時の江戸の娘さんの気質をいろいろな場面をもって描いています。
片腕まくって、ワイングラスでたぶんワインを飲んでいるのだと思います。
ぐいっとあおってますね。(^o^)
片手にはわたり蟹を鷲掴みにしていて、一杯やろうという所なのでしょう。

このワイングラス、「ギヤマン」といいます。
「ディアマンテ」、「ディアモント」・・・ポルトガル語でダイヤモンドの事です。
ガラス細工をする時に刻む時にダイヤモンドが加工に使われていました。
それがなまってギヤマンとなったそうです。


■上原漫画 「襦袢でござる」■
上原漫画
上原漫画
上原漫画
上原漫画
上原漫画
その他にも、すでに江戸の日常生活に取り込まれていた物はたくさんありました。

●たばこ●
スペイン語です。
何と!!そのまま言えば、スペインで通じてしまうそうですよ!


●煙管(きせる)●
カンボジア語の「キシェール」から。


●らお●
煙管の真ん中の竹のつつのことです。
ラオスの竹製なので・・・らおだそうです。(^^;


●襦袢(じゅばん)●
ポルトガル語で「ジュバン(ヴァン?)」です。
本来は、男性のたち入りの短い下着なのです。
それがいつの間にか、女性の着物の下着になってしまいました。
むむむむむ・・・。


●合羽(かっぱ)●
ポルトガル人のマント状の「カパ」という街灯から来たそうです。


正直言って、驚きです!!(@。@)
私たちが思っていた以上に、江戸時代の人々は舶来品を使いこなしていたようですね!


■参考文献■

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