◆お芝居情報◆

【放送日】 【お芝居】

役柄役名出演者名
浪人 桜田金右衛門 桜 金造
御用聞き 和吉 えなりかずき
金貸し・魁屋主人 三五郎 魁 三太郎
めし屋の女将 お重 重田千穂子
髪結い お冬 坂本冬美
髪結い お由紀 由紀さおり
浪人 中田清十郎 中条きよし
お江戸でござる オリジナルソング
曲名
作詞
作曲




●杉浦日向子のおもしろ講座●
江戸風俗研究家 杉浦日向子
加筆・編集・補足 長尾武之介



◆本日の間違い点◆

●寺子屋を開業するための資金を集めている中田清十郎
寺子屋を作って子供達に高い志で持って教育したいと言っていた清十郎さんでしたが、実はこの寺子屋の師匠はいつでも・どこでも・だれでも開業することが出来るのです。
寺子屋などと聞きますと、結構な広さの部屋の中で子供達を集めて勉強するという光景が浮かんで参りますが、開業するのでしたら、そんな広い部屋などはいりません。
まず、今住んでいる長屋を利用して、二、三人の寺子を集めて始めます。
それでもし評判が立つような良い師匠さんであるならば、大家さんなり、地元の名士が広い教室をあてがってくれます。
ですので、開業に困る必要がないのです。
良い師匠がいる町となりますと、それは子供達にとってもいいことですからね。
町中でもって師匠様の生活が困らないように補助をしてくれます。
良いお師匠様は町の宝ですね。

「寺子屋」と言っておりますが、実は江戸では「寺子屋」とは言いません
(寺子屋というのは関西(上方)での言い方なのです。)
江戸では子供を教える教育施設を八百屋や魚屋とかいった屋号を付けるのはおかしいということで、手習指南所(しゅせきしなんじょ)・手跡指南などと言いました。

本来ならば手習指南所と言うべきではありますが、今回は寺子屋という呼び名で統一いたします。


●月に五両の用心棒代
月に五両というのは破格の用心棒代ですね。
まぁ、せいぜい年に五両というところでしょうか。
というのも、食い詰めた浪人者がなるわけですのですし。
それに用心棒は食客(しょっかく)が普通ですから。
魁屋さんと寝起きを共にして二十四時間ボディガードをしなければならないので、今回の清十郎さんにとってはとってもマズイことに惚れた恋女房のお由紀さんとは別居しなければなりませんね。


●大江戸寺子屋事情●

■江戸時代の教育現場・寺子屋■
雷師匠
「雷師匠」江戸東京実見画録より
大江戸ものしり図鑑』より
(花咲一男、(株)主婦と生活社、p177、2000/1/24)

雷師匠と題がありますが・・・(^^;
その名の通り、非常にしつけが厳しかった先生だったそうです。
たいそう、親御さん達に評判だったそうで、最盛期には間口十間、奥行きは裏通りまで二階建ての教室に五百人もの門弟を抱えていました。
江戸で最も繁盛した寺子屋の一つです。
日本橋佐内町に雷師匠として有名な中石水(なかせきすい)という名物先生がいた。
授業風景が外から覗けます 通りに面している所が、格子になっておりまして、授業風景が外から覗けるというようになっております。
これを見て、「うちの子も・・・」と思うのでしょうね。
この中が見えるということはこういった宣伝も兼ねているのでしょう。

江戸時代の就学率は7~8割、識字率は世界最高とも言われていた。

中石水 真ん中の席にいるのが中石水というお師匠様です。
その前に座らされている子はお仕置きを受けています。
子供の前にお線香が一本さしてありまして、
「これが一本燃え尽きるまでそこで正座していなさい」
という意味なのですね。
この他にも
「片手に水をいっぱいに張ったお茶碗を持って、もう片方の手にお線香を持って、お線香が燃え尽きるまでじっと立たされる」
といった罰もありました。

炭俵を背負わされている 図の真ん中下あたりにぽつんと座らされている子供がいます。
なんと炭俵を背負わされているのですが、どうやらこの子は暴れた(喧嘩をした)様ですね。
「この炭俵に詰めて大川に流してしまうぞ!」
という脅しをかけられている所なのです。
この罰を受けている二人ともしょんぼりとしてますね~。(^^
よっぽど効いたのでしょう。

雷師匠というだけあって、席を整然と並べて授業をしております。
ですが、たいていの寺子屋ではこの天神机をばらばらに配置して授業を行っていました。
好きな所に置くことができるのです。
しかも、一人一人教科書がちがっていまして、その子の適正にあった教科書を与えていました。
それでたいていは、年長者が年少者を教えることになります。
それでも分からないことがあれば、先生に聞きにいくというのが基本的なスタイルでした。
先生は教えるというよりも、見守っているという形で真ん中にいらっしゃるのですね。

修学時間ですが、だいたい朝五つ(8時頃)~昼八つ(午後3時)です。
今でも八つ(午後三時)に食べるのをお八つといいますよね?
つまり、寺子屋から帰ってきてからすぐ食べるものがお八つだったわけです。
しかしこの修学時間もきっぱり朝五つからという訳ではありませんでした。
通学時間は自由だったのです。
午前中、家の手伝いをしなくてはならない子は午後から来ますし、途中から登校することも、途中から早退することも自由自在でした。
自分の空いた時間に教わることができたのです。
■寺子屋独自の風俗■
現在、手元に資料がありません。
手に入り次第、掲載いたします。
「日本風俗史より」より

(だいたいこんな風に泣いてます・謝ってます (^^;)
これは寺子屋の独特の風俗です。
先生の前で泣いている子供のわきとその脇で深々と頭を下げている子供がいます。
お詫びをしているのが、この泣いている子の年長者で、この子の指導をしていた先輩です。
いたずらをした張本人は泣いている子供の方なのですが、この年長者が代わりに謝っているのです。
これをあやまり役と言います。
あやまり役
第三者が仲介に入り子供の懲罰を解決するというユニークなシステムがあった。
本人が謝るより、自分の先輩に迷惑をかけて謝ってもらっているということが大変こたえるわけでして、絶大な効果だったそうです。
あやまり役は指導の先輩だけではなく、師匠の妻だったり、子供の両親だったりする時もあります。
また、留置(とめおき)といいまして、一人だけ居残りをさせられたりしますと、近所のお年寄りが来て代わりに謝りました。
「早く返してやって下さい」ということだったのでしょう。
こういうことは常日頃から話しがつけてありました。

こういった罰の中で一番重かったのが
「机を持って出て行け!」
という退学命令です。
机を持って・・・ということでお分かりになられたかもしれませんが、この机は自分で持ってきたものです。
入学の時にたいていお父つぁんが大工さんから板の切れっ端をもらって、この天神机を作ってくれるものでした。
この退学命令は、いわゆる破門ですね。
自分で選択して転校することは全然かまわないのですが、こういった机を背負わされての「出て行け!」という場合ですと他でも拒否されることがあります。
ブラックリストに載っちゃったわけですね。(^^;

こういった罰につきもののあやまり役ですが、帰る時には師匠に向かって
「ほんとに良く叱ってくださいまして、ありがとうございました。」
という風に師匠に礼を言うのが通例だったようです。
先生を立てたわけです。

■寺子屋のしつけ■
寺子屋の基本のしつけは、ただ一字「」です。
礼を尽くすということでして、礼という言葉をきちんと理解できればいつでも卒業ができました。
つまり・・・
●きちんと挨拶ができるか?
●人を敬えるか?
●人の過ちを許すことができるか?
●感謝の気持ちを述べることができるか?
ということになります。
先ほどはわかりやすくするため「礼」と書きましたが、豊かさを示すという事で本来は「(れい)」と書きます。
自分自身の心が豊かでなくては、人を敬ったり許したりすることはできないという、道徳を教えるのが中心だったのでした。

子供は町の宝と言います。
子供は両親の私物ではなく、町の共有財産として町ぐるみで育てていました。
こういった所からも、いかに子供の成長を大切にしていたかが感じ取れますよね。

●出演者への質問●

【質問:】先生と言いますとどういった方でしょうか?

●坂本さん●
やはり猪俣公章先生ですね。
【金:】先生は今お亡くなりになられましたけど、何か先生におっしゃりたいことなどありますか?
今でも聞きたいことがたくさんあるんです。
今もう三十四にもなりましたけど、その演歌の・・・えの字も分からなかったのだけれども、最近ようやく何となく分かってきて。
「あっ、こういう場合はどういう風に歌えばいいんだろう?」
とか、今聞きたいことたくさんあるんですけれどもね。
本当に。
●重田さん●
私はね、大人になってから怒られるということは、なかなか無いことなんだけれども・・・
やっぱり劇団の先輩でもあり演出家でもある、熊倉一雄さん、ここにも出ておられる。
すごいイイ演技をすると、コソコソっと来て
「重田、良かったよ。」
とかって言ってくれて・・・
●中条さん●
【金:】中条きよしさんはあまりコメディとかはやらなかったでしょ?
そうですね。
初めてくらいじゃないですか?
【重:】でも今日、顔をちょっと見ると照れちゃってね。もう二秒くらいしか見れなかったな。
【金:】こういう女優さんたちがみんなね、普段と態度が違うんですよね。どういうことなんだよぉ~。
な~にを言ったんだか。(^^;
【金:】やはり先生とかはどうですか?
そらね、多いですよ、僕も。
歌の時も、何人も居ますよね。
米山先生とか。(すいません!武之介はお名前の方が分かりませんでした。m(_ _)m)
住み込みはないですけれども・・・もちろんお給料などももらったことはないですけれども、「こいつ金がないだろうな?」って向こうから?
例えば封筒の中に三枚いれてくれたり・・・ね?すっと。
非常に今でも印象に残ってますね。
●えなり君●
【金:】えなり君はやっぱり学校の先生になるのかな?
そうですね・・・でも一番学校の先生よりも一番その・・・何て言うんですかね・・・コミュニケーションが多い父親ですね。
小さい頃から勉強を・・・今も教しえてもらってますけれども・・・
ちょっとした夏休みの自由研究とかも、父に教えてもらいながら父と二人で作っていましたから。
【杉:】いい親子関係ですね~。
そうですね~。
【中:】そういう親でなければ、こういう子できないよ。
【杉:】いい子ですもんね~。(^^
【中:】その代わり顔はおもしれぇだろ。(^^
【ALL:】大爆笑 (^o^)/ギャハハ
もうこれは父親譲りですから。(^^;
●杉浦先生●
【金:】杉浦先生は自分が先生ですが、先生にも先生はいるのですか?
先生といっても直接の先生ではないのですけれども・・・
職業柄、各地の伝統工芸を細々と守り抜いているお年寄りとお目にかかる機会が多いものですから。
そういったお年寄りのお話が本当の先生ですね。
勉強になります。
●由紀さん●
そうですね・・・やはり節目節目にほんとに私の背中をポンとこぅ押して下さった方がたくさんいらっしゃるんですけれども・・・
で、今はやはり音楽上の先生はやっぱりお姉ちゃんですね。(^^
声の出し方とか、発声とか、もぅ隣に先生がいて歌ってるって感じかな。
●魁さん●
ん!まぁいろいろ師匠、先生いますけどもね。
小学校の小林ときえ先生、イイ先生でね~。
この先生、もう今はね~七十くらいになったかな?
忘れられない先生です、お元気ですか?(^o^)v
●金造さん●
やっぱり昔の先生は怖い先生が多かったですよね~。
【魁:】うん多かった!良く殴られたよ、うん。
私に言わせるとですね!
教育とは何かっ!!
明日行かずに今日行く!!(教育)
・・・・・・(^^;
あ、これはホントニっ・・・・
・・・・・・
ま、また来週~・・(^^;/~~

■参考文献■

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